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2008.08.13

『柔道女子63キロ級』

 テレビとwikiを元に創作した、掌編です。

 見聞きして感動を得ると、この胸の熱さを吐き出したくて筆が走ります。得た感動をそのまま文章に全部、書き表したくて、もどかしくてガリガリ書きます。
 私が執筆を趣味をする理由、原点であることを、時々こうして感動をして揺り起こされ、想いを新たにします。

 去年、谷本選手は世界大会を逃した。一本勝ちスタイルだった彼女に、揺らぎが出ていた。確実に堅実に、地道にポイントを取る戦術に切り換えないと、金を狙えないのではないか。
 ところが、その後ポイント戦術で勝てたにも関わらず、谷本には気まずさが残る。対戦相手が、谷本が一本を狙わなかったことに不満を示したからも、あった。自分も納得が行かない。悩み、コーチに相談した。
 コーチは言い切る。
「俺は一本勝ちの柔道しか教えていない」
 確かに、一本勝ちしか教えられていない。思わず笑ってしまった。谷本選手の胸が、晴れた。

 迷いはなかった。獲りに行く。
 得意の一本背負いを繰り出そうとは、意気込まない。寝技だって立派に一本だ。だが誰が見ても明らかな勝利である。鮮やかに谷本は、大舞台へ繰り出した。
 デコス選手と戦うことは、むしろ楽しみだった。高校時代から何度も戦ってきた戦友でもある。準決勝で世界大会王者のゴンザレスをいなせた今、表情は清々しくすらあった。
 決勝の場に登る足は軽く勇んでおり、身体は前に向かっている。顎を引き、デコスを見つめる。親友と酒を酌み交わすかのように、2人が腕を取り合う。
 引く。押す。押す。懐に入り込めない。
 何度も対戦してきて互いに把握している、身体の動き。癖。
 デコスも鍛え、さらに強くなってきている。今大会一押しの選手となっている。でも自分も鍛え、このオリンピックに臨んでいるのだ。ここまで来れた。あとは、やるだけ。
 笑みが、浮かぶ。

 戦いの足は、勇んではいけない。柔道も剣術も、どんな競技にも通じている。足は、大地を這うかのごとく、どんと落ち着いている方が、素早く動けるのである。
 軽やかに飛ぶことと、浮き足立つことの違い。
 自分が落ち着いていなければ見えないであろう、わずかな違いである。それ相応の力を得ていなければ。
 デコスの「浮き足」を、谷本の目は捕らえた。
 足首に見えた一箇所だけが輝いていたかのように。引っかけるべきポイントへ吸い込まれるように谷本の爪先が、すっと入る。入ったと思った爪先から膝、太股、そして身体が、肩が、デコスの胸に入る。猫のように、しなやかに。犬のように、一直線に。
 浮いた足が、地に落ち着かないうちに。
 感じたのは浮遊感だったろうか。爽快感だったろうか。軽かっただろう。2人はスパンと、あっけなく、ひっくり返った。

 谷本はきっと、返した瞬間に勝利を確信したのでなく、足がデコスの膝裏に触れた時に思ったのに違いない。
 返す瞬間のシーンは何度もテレビで流れるが、それは決してスローモーションで味わうような野暮な代物ではない。目を逸らせば終わってしまう、「今、何があったの?」と、きょとんとしてしまうような素早さ。
 けれど勝負は、あの「浮き足」の時点で決まっていた。だからデコスの肩が地に着くか着かないかのうちに谷本は飛び上がり、喜んだ。
 じりじりとポイントで見せる柔道に対して、一本勝ちで魅せる柔道の、なんと呆気なく豪快に終わることか。
 戦友の呆然とする顔が印象的なニュースだった。

 ポイント勝ちに不満を示し、谷本に一本勝ちをこだわらせてくれた対戦相手は、同じく一本勝ちにこだわってきた戦友、デコスその人だった。

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